「人生における無駄で優雅なもの、ぜんぶ。」

「人生における無駄で優雅なもの、ぜんぶ。」

なんて魅力的なフレーズなんだろうと思った、

音楽やアート、本などを取り揃えている、ある有名なカフェのキャッチフレーズです。

引用__今やGoogleで調べればなんでも簡単、かつすぐに分かるいわゆる即時性が求められる時代だからこそ、本で調べたり、飾ってあるアートを眺めたり実際に流れる音楽に耳を傾けるといった、手間や時間がかかることを楽しむことが大切なのでは? というメッセージが込められているという。

「無駄」と「優雅」 

ネガティブとポジティブ

切り捨てたいものと手に入れたいもの

そんなふうに対極にも感じる、この言葉に惹かれてしまいます。

私たちはつい、時間の使い方や生産性、損得、に意識が向きがちです。

「どれだけ効率よくこなせるか」
「これをすれば得になる」

「すぐに成果が出る」「時短で、スマートに」

すなわち、思考。

思考は、過去を振り返ったり、未来を予測したりするもので、

常に「今この瞬間」から離れています。
でも、私たちの潜在意識(全体の95%以上を占める無意識領域)は、「今」にしか存在しません。

本当の豊かさは、“それをして何の意味があるの?”

要するに、無駄なこと。

人生の豊かさは、無駄、にあります。

やることをやっても

目標達成しても

その時いい気分にはなっても、豊かさ、とはまた違います。

豊かさがないと、また次を追い求めてしまうだけです。もしくは燃え尽き症候群。

無駄と優雅、は対極のようですが、無駄の中に優雅があるんです。

便利でスピーディで、機能的。スタイリッシュ、イケメン(?)
でもその反面で、私たちはいつの間にか、自由に感じる力や、味わうこと

を置き去りにしています。

感覚に立ち返ること

今この瞬間を感じること
本来の自分を取り戻す道のりでもあるのです。

私も日常に流されると、いつの間にか、効率的や損得の思考に支配されていることに気づきます。

( ゚д゚)ハッ! 

何を生き急いでいるのか…と。

今この瞬間を大事にしなくてその先に何があるのか

今に幸せを感じるからこそ、その先も、幸せ、があるんです。

苦しさを乗り越えて、や、これを頑張った先に、喜び幸せがある時代は終わりました。

確かにその時代はあったんだと思います。

スピリチュアルでは、土の時代から風の時代へと移り変わったから、と言ったりしますね。

なので、ここは少し練習が必要です。「苦しい思いをしないと幸せが来ない」の呪を解かないと。

なんの意味も得もないけど、これをやりたい、これがほしい。

必ず、誰でも持っていると思います。

特に子供の頃、夢中になりすぎていつまでもやり続けていたこと。

私はまあまあ大人になってから、24(トゥエンティフォー)という海外ドラマにハマって

ほぼ24時間観ていたことがあります。ほぼというのは、風呂トイレ以外ですね。

目覚めた瞬間にパソコンを付けて、眠りに落ちるその瞬間まで観続ける、

そしてまた、目覚めてパソコンを…のループ。

という生活をしていました。

人から見たら、気がふれた?大丈夫?というようなものだったり、幸せそうにもみえない。

けれど、自分にとっては贅沢で至福。

お金も時間もかかるからやめようと思えるものはまだ甘い。

明日、この身が滅びても構わない…これです。

狂気ですね。あぶないです

行為ではなく、この感覚です。

止められてもやりたいこと。

この感覚に、自分のエネルギーを取り戻していきます。

思考も自由になっていきます。

現実が動くのは、機能的な喜びではなく、感情的な喜び。

遠回りのように感じる、無駄の中にあります。

そして、この感覚(止められてもやりたいこと)に+社会貢献

を人生の目的にすると、頑張らなくても勝手に向かえる能力がつくんです。

これがコーチングです。