
不自由な信念は、不幸なこだわりとも言えます。
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こんにちは
自分らしい自由な心を手に入れる心理カウンセラーの稲穂です☺
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たとえば、
人に認められなければならない、
愛は続かないもの、
自分は○○だったからダメ…
誰でも、大なり小なり、死ぬまであるものです。
たとえば、過去に傷ついた経験から。
また同じような経験をして、さらに傷が深くなることを避けたくて、
防御的な確信をすることがあります。

自分はもとからダメだったじゃないか、と。
こうやって新たな傷が増えないように思い込ませて、
そんなかさぶたは自然に剥がれていくこともなく硬くなっていく。
自分を守るために、命を守るために、働いている意味合いもあるのですね。
けれど、過度な信念は、見えない鎖につながれている状態のようで
自分の世界を狭いものにしてしまいます。
信念は、過去の経験から自分を守ることで作られていき、
それ以降はその信念を証明していくように強化されていきます。
私自身の話をすると、自分を守るものがなくなったことで、
持っているすべての信念を捨てました。
捨てるしかなかったですね。
信念があってこだわってる人を見て、守れるものがあるって幸せなんじゃないかな、
なんて斜め目線で思うこともありましたね。
だけど、そんな信念が自分を幸せにするのは、ほんの一部分です。
幸せのふりした不幸とも言えます。
大部分の自分は、自己制限や恐れにつながり、
新しい経験や幸せになれるチャンスを制限してしまいます。
私は自分の世界が広がったのを感じました。

大部分の自分を、自由でいれる信念や思考パターンに書き換えて、
広がる世界と幸せを追求したとき、こんなにも自由だったんだと気付けると思います。
<まとめ>
不自由な信念がある方が幸せなのでしょうか?
それは…
一時的な、自分の一部分の幸せ、なのかもしれません。
大部分の自分に、過度にある不自由な信念は、自分の世界を狭いものにしてしまいます。
絶対こうじゃなきゃいけないと思うことを見つけたら…
それは不自由な信念かもしれません。
どれを選んでも幸せと思えることって自由を感じませんか。
不幸で不自由なストレスのたまる信念を持ち続けたいですか?
それとももっと、自分らしい自由な心を手に入れたいですか?
自分らしい自由な心を手に入れるカウンセリングを行っております。